盛岡地方裁判所 昭和27年(行)29号 判決 1961年4月18日
原告 宿戸漁業協同組合
被告 岩手県知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告知事が訴外八木漁業協同組合に対して昭和二六年九月一日付を以てなした九一共第九号共同漁業権の免許を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として
一、原告組合は岩手県九戸郡種市町字宿戸をその地区とし、訴外八木漁業協同組合は宿戸の南側に隣接する同町字八木をその地区とする、いずれも水産業協同組合法に基く漁業協同組合である。
被告は岩手県九戸海区漁業調整委員会の意見を聴き昭和二六年七月六日岩手県告示を以て九戸郡海区中種市地区の第一種共同漁業権の漁場計画を決定、公示し、次いで同年九月一日付を以て原告に対しては九一共第八号第一種共同漁業権を、隣接の訴外組合に対しては同上第九号第一種共同漁業権をそれぞれ免許し、右免許状はいずれも同年一一月二六日原告並に訴外組合に交付された。
二、しかし、被告の為した原告及び訴外組合に関する右漁場計画は以下の理由で瑕疵があり、これを前提として為された訴外組合に対する免許処分は違法である。
すなわち、正徳二年以来、原告組合地区である宿戸部落の漁業者と訴外組合地区である八木部落の漁業者とは両部落境東端(海岸線付近)の「はせくだりかけつけば」と称される地点から海上「相の間分け」(あいのまわけ)「南の岬垂れ」(みなみのさきたれ)(以上いずれも海中岩礁の名称)を結んだ直線、すなわち「はせくだりかけつけば」を1点、同点から角度一〇五度、距離一四五米五の点を2点、1点から角度八六度五五分、距離一二一〇米の点を3点とし、右の123の各点を結んだ直線、をもつて各部落の漁場を分かち、宿戸部落の漁業者は同部落の地先水面である右の線以北の海域を、八木部落の漁業者は同部落の地先水面である右の線以南の海域を各自の部落の漁場としてふのり、こんぶ、わかめ、うに、あわび等を採取する漁業を営み、久しく互いに相侵すことがなかつたのである。
そして明治三四年旧漁業法が制定された後は、以上の事実に基き、宿戸部落には同部落を地区とする宿戸浜漁業組合が設立されて、同組合に対して「はせくだりかけつけば」の線以北の右部落地先の海域を漁場とする専用漁業権が免許され、八木部落には同部落を地区とする八木漁業組合が設立されて同組合に対して右の線以南の同部落地先の海域を漁場とする専用漁業権を免許され、以来右各漁業権は数次にわたる更新を繰り返えして、今次の漁業改革に至つた。
ところが被告知事は岩手県九戸郡海区中前記両組合の地区の地先海域を含む種市地区の漁業計画において、前記九一共第八号共同漁業権の漁場区域と前記九一共第九号共同漁業権の漁場区域の分界を、「はせくだりかけつけば」の線とせず、その北方宿戸部落寄り一五〇米の距離にある南斜路南側標柱を基点とする角度六五度、距離二、〇〇〇米の線をもつて区分したうえ、右漁場計画に基き前記九一共第八号第一種共同漁業権を原告組合に、前記九一共第九号第一種共同漁業権を訴外組合に各免許したため、従来原告組合員らの漁場の一部であつた前記「はせくだりかけつけば」を基点とする線と南記南斜路南側標柱を基点とする線にはさまれる海域(以下係争海域という)は訴外組合の漁場に属することとなつた。
三、イ しかし係争海域はもともと原告組合地区である種市町字宿戸の地先であるから、被告知事はすべからくこれを原告組合に免許した九一共第八号共同漁業権の漁場区域に包含するよう漁場計画を定めるべきであり、訴外組合に免許した九一共第九号共同漁業権の漁場区域に包含するよう漁場計画を定めるべきではなかつたのである。かつて、宿戸浜漁業組合では係争海域の一部に八木部落漁業者の入漁を許した事実があるけれども、その際でも、八木部落側の入漁者はその組合員総数の五〇名前後を出なかつたのに対し、宿戸組合側の入漁者はその組合員総数の一六〇名に及ぶ実情であつたから、係争海域の漁業の主体は実質上も宿戸部落側にあつたものである。
のみならず、係争海域内には、深ごもね、大島、中の島、北の島と称する一群の岩礁があつて、わかめ、あわび、うに等の好漁場をなし、原告組合員らがこの海域であげる漁獲収入は全漁場の収入の四割を占める実情であつて、しかも原告組合に免許された九一共第八号第一種共同漁業権の漁場の北方境界線は従来どおりの土釜川北方標柱を基点とする角度七二度三〇分の線であるから、原告組合員の漁場は従前に比し係争海域だけ狭められたものである。結局、こうして、原告組合の漁場は係争海域を失うことにより実質上半減し、そうでなくとも訴外組合員より低い原告組合員らの生活はたちまち窮乏にひんすること明白である。すなわち、新免許の漁場による場合の一世帯当りの平均漁獲高は原告組合員の一三、六八〇円に対し訴外組合員は四〇、五二七円であつて、その懸隔は著しい。加えて、訴外組合員にはいか漁など漁船による沖合漁業に従事する者が多く、その収入をも加算するときは、その差はさらに顕著である。故に本件漁場計画は訴外組合に著しく有利であるのに、原告組合には著しく不利であつて、公平を欠くものである。
よつて、前記漁場計画は係争海域の地理的経済的条件を無視した違法がある。
ロ 仮に前記諸条件を無視した点が違法でないとしても、前述の諸条件からいえば前記漁場計画においては訴外組合に免許した九一共第九号第一種共同漁業権の関係地区のうちには原告組合地区である種市町宿戸部落を加うべきであるのに、これを加えず同町八木部落のみとしたのは違法である。そうするとかかる違法な漁場計画に基く訴外組合に対する前記漁業権免許処分もまた違法である。
そこで原告は前記免許処分につき昭和二七年一月一〇日農林大臣に訴願を提起したが、同年五月九日訴願棄却の裁決があり、同年六月一二日その裁決書が原告に交付されたので、本訴をもつてその取消を求める。
と述べた。
被告の主張に対し、
戦前種市村では同村区域内の沿岸各部落、角浜、平内、横手、鹿糠、玉川、戸類家、宿戸、八木の八部落の漁業者が各部落毎に漁業組合を組織し、右漁業組合はそれぞれその地先水面を漁場とする専用漁業権を有していたこと、その後昭和一八年一一月一日右各組合は種市村一円を地区とする有限責任種市村漁業協同組合として統合され、これはさらに種市村漁業会に改組されたので、右各漁業組合所属の漁業権もこれに伴いすべて右各組合から前記漁業協同組合に、同組合から前記漁業会にと移転したこと、種市村漁業会の右各漁業権が被告主張の日漁業法の改正により消滅せしめられ、同漁業会が右漁業権消滅の補償として国から被告主張の金額を交付されたことは認める。しかし宿戸浜漁業組合が種市村漁業協同組合または種市村漁業会に統合され同組合の専用漁業権がこれらの団体に移転した後も右専用漁業権に基く漁業を営むことができたのは宿戸部落漁業者のみであることが右団体の定款または会期に明記され、係争海域を含む旧宿戸浜漁業組合の専用漁場に対しては他部落漁業者の入漁は許されなかつた。
と述べた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、請求原因一の事実を認める。
請求原因二の事実のうち、明治の頃から、原告組合地区の漁業者らが宿戸浜漁業組合を、訴外組合地区の漁業者らが八木漁業組合を各組織し、それぞれの組合に免許された原告主張の「はせくだりかけつけば」を基点とする線により境される相隣接する各漁場の専用漁業権に基き、それぞれの漁場での漁業を営んできたこと、原告組合に免許された現行漁業法に基く九一共第八号第一種共同漁業権の漁場区域と訴外組合に免許された九一共第九号第一種共同漁業権の漁場区域が相隣接しその境界線が原告主張のとおり定められたことは認める。宿戸部落と八木部落の境界が海岸線上においては「はせくだりかけつけば」であることを否認する。
請求原因三の事実のうち、本件漁場計画において漁場区域の定めが原告主張のとおりであること、係争海域の一部に原告主張のような一群の岩焦がありこの付近にかつて八木部落の漁業者らが入漁していた事実のあること、原告が訴外組合に対する九一共第九号第一種共同漁業権の免許処分に対し訴願を提起し、その主張の頃その棄却の裁決がなされ、その頃右裁決書が原告に交付されたことは認める。(ただしその交付の日は原告主張の昭和二七年六月一二日ではなく、同月九日である)、その他の三の事実は否認する。
二、宿戸浜漁業組合及び八木漁業組合は、昭和一八年一一月一日他の同村部落である角浜、平内、川尻、鹿糠、玉川、戸類家(へるいけ)の各漁業組合とともに、種市村一円を地区とする種市村漁業協同組合として統合され、次いで同一九年八月一五日同組合が改組されて種市村漁業会となつたので、これに伴い宿戸浜漁業組合、八木漁業組合をはじめ右各旧漁業組合の専用漁業権は一括して右各組合から種市村漁業協同組合へ同組合から種市村漁業会へと帰属するに至つた。
そして昭和二四年二月一五日いわゆる漁業改革の一環として水産業団体法が廃止されて水産業協同組合法、水産業協同組合法の制定に伴う水産業団体の整理等に関する法律が各施行された結果、同年九月二一日種市村八木部落では同部落を地区とする八木漁業協同組合、同村宿戸部落では同部落を地区とする宿戸漁業協同組合等同村各部落毎に基く漁業協同組合の設立を見るとともに、種市村漁業会は昭和二六年一一月二六日をもつて解散する一方、昭和二五年三月一四日漁業法、漁業法施行法の各施行により、種市村漁業会の有していた前記各専用漁業権は漁業法施行法第一条第二項に基く漁業権の消滅時期の指定に関する政令岩手県告示第三九九号により、昭和二六年九月一日をもつて国の補償金合計六、八六一、〇〇〇円を交付されて消滅した。
よつて被告知事は原告主張のような漁業法所定の手続に則り種市地区を含む九戸郡海区の漁場計画を定めたうえ、これに基き訴外組合をはじめ同村各部落の漁業協同組合等に対し新法に基く第一種共同漁業権の免許処分をなしたものである。
三、故に右の事実からも明らかなように、旧漁業法に基く専用漁業権者は国から完全な補償を得てその権利を消滅せしめられたものである以上、被告知事が新法に基く漁場計画を定めるに当つては旧権利者の権利に拘束されることなく、また旧漁業組合の地先水面の範囲にも拘泥することなく、新法の目的とする水面の綜合的利用の見地から自由にその区分を定めることができるものであるから、甲部落地区の組合に対して乙部落にまたがる水面の共同漁業権を免許することもできれば、甲部落地区の組合にその部落地先の水面全部を免許せねばならないものでもない。
のみならず、原告組合地区である種市町宿戸部落と訴外組合地区である種市町八木部落との海岸線上の境界は、原告主張の「はせくだりかけつけば」ではなく、これより海岸線に沿い一〇〇米以上北方に進んだ種市町第二地割と同町第三地割との地割境の一点がこれに該当し、現にこの付近には八木部落民多数が居住するのに、宿戸部落民は全く居住していない。また、訴外組合員と原告組合員の一世当当りの平均漁獲高、平均所得額に関する原告主張はすべて客観性のない不正確な資料に基く議論であつて、被告側の調査によれば、本件免許前の原告組合員の一世帯当りの収入は漁業によるもの四七、九五二円、農業その他によるもの二三、三八五円合計七一、三三七円であつたのに対して、訴外組合員らの一世帯当りの収入は漁業によるもの四八、〇三六円、農業その他によるもの一五、二四四円合計六三、二八〇円であるから、訴外組合の方が組合員一世帯当りの総収入は低く、漁業への依存度は高い。そこで、以上の各事実に係争海域が古く藩政時代から八木部落漁業者全員の入漁するところであつて、この状態は時に中断したことはあつても本件免許処分に至るまで継続していた事実をも総合して考えると、係争海域を九一共第九号第一種共同漁業権の漁場区域に編入する漁場計画を樹立し、これに基き右漁業権を訴外組合に免許したのはまさに漁場計画上重要な自然的社会経済的条件に適合するものというべく、右計画にはなんらの違法もない。
四、仮に、本件漁場計画に原告主張のような違法の点があつたとしても、漁業法によれば、知事が漁業権の免許をなすに当つては、その免許の内容たるべき事項は、あらかじめ知事が同法所定の手続を経て公示した漁場計画に基くことを要するからこの場合の知事の権限は右漁場計画に従いこれを免許するかしないかのうち一を撰ぶ以外にはなく若しも知事が右計画に妥当を欠くものがあると認めても漁業法第一一条第二項ないし第四項所定の手続をふんでこれを変更するは格別ほしいままに漁場計画を変更してこれと異る免許を与える権限はない。故に、かかる漁場計画に存する瑕疵はそれが重大で計画の当然無効を来すような場合を除いては、なんら免許処分の違法原因となるものではない。
と述べた。(証拠省略)
理由
一、原告組合が九戸郡種市町宿戸部落を、訴外組合がその南に隣接する同町八木部落を各地区とする漁業協同組合であること、被告知事は昭和二六年七月六日原告主張のような漁業法所定の手続を経て岩手県告示をもつて、九戸郡海区のうち種市地区に関する九一共第八号同第九号各第一種共共同漁業権を含む各漁業権の漁場計画を決定公示し、これに基き同年九月一日付をもつて原告組合に対し前記九一共第八号を、訴外組合に対し前記九一共第九号を各免許し、その免許状は同年一一月二六日右各組合に交付されたこと、原告組合が右各免許処分に対し昭和二七年一月一〇日農林大臣に訴願を提起したが棄却され、右裁決書は同年六月中原告に交付されたこと、右漁場計画において互に隣接する前記漁業権の各漁場区域が八木南斜路南側標柱を基点とする角度六五度、距離二、〇〇〇米の線をもつて区分されたこと、明治年間から原告組合地区である宿戸部落の漁業者は宿戸浜漁業組合を、訴外組合地区である八木部落の漁業者は八木漁業組合を各組織し、右各組合に免許された旧漁業法に基く専用漁業権によりそれぞれの漁場において、こんぶ、わかめ、ふのり、あわび、うに等を採取する漁業を営んできたところ、昭和一八年右各組合は同村の他の部落の漁業組合とともに同村一円を地区とする種市村漁業協同組合として統合、次いで同組合は昭和一九年種市村漁業会に改組されるに伴い、右各専用漁業権は前記協同組合を経て右漁業会に帰属したが、昭和二五年三月一四日漁業法、漁業法施行法の各施行により昭和二六年九月一日いずれも消滅したこと、右各専用漁業権の漁場区域が前記八木南斜路南側標柱より南方八木部落寄りである原告主張の「はせくだりかけつけば」を基点とする線により境を接していたことはいずれも当事者間に争いのないところである。
以上によれば、本件漁場計画において九一共第九号第一種共同漁業権の漁場区域に編入して訴外組合の漁場の一部とされた係争海域は前記種市村漁業協同組合の設立に至るまでは、原告組合地区の漁業者により組織される宿戸浜漁業組合の旧専用漁業権の漁場の一部をなしていたことが明らかであり、成立に争いのない甲第一一号証の一、証人尾前千太郎、竹根仁太郎の各証言を考え合わせると、右組合設立以後は右漁業権を享有する同組合または同会の会則等により宿戸部落漁業者のみが右漁業権に基く漁業を営み得るものと定められていたことが認められる。
二、原告は、このように従来原告組合員が専用漁業権に基く漁業を営んでいた係争海域を訴外組合の漁場区域に編入した被告知事の本件漁場計画は違法である旨主張する。
よつて考えるに、漁業法第一一条によれば、都道府県知事が漁業権の免許をなすに当つてはこれに先立ち、免許の内容たるべき事項を同条所定の手続を経て樹立する漁場計画をもつて決定しておくことを要し、かつ右計画事項中には漁場区域の決定をも包含するものと規定されているけれども、具体的にその区域の決定をいかにすべきかの基準についてはなんらの定めがない。しかし、思うに、昭和二四年法律第二六七号漁業法は、その第一条によれば、漁業の民主化と水面の総合的利用の見地からわが国漁業制度の改革を企図したものであつて、漁業法施行法第一条第九条の規定によれば、その施行の際現に存する旧来の漁業権は相当の補償のもとに悉く消滅せしめられ、したがつて旧漁業権の漁場区分もこれと同時に解消したこと、漁業法には旧漁業法(明治四三年法律第五八号)第五条のように漁業組合に対しての地先水面の専用を認める趣旨の規定がないこと、漁場区域は漁場計画全体の基礎をなす重要事項であるから、法がその区分を知事の定める漁場計画に委ねた以上、右区分の決定は当然右計画所管庁の計画樹立のためにする合目的的考量を尊重せらるべきこと及び漁業権の免許処分は性質上人民に新たな権利を賦与する行為であること、などの諸点を考え合わせると、知事が漁場計画樹立に当つてする漁場区域の区分は、旧漁業権の有無範囲に拘束されることなく、また沿岸部落または市町村の各区画をも必らずしも顧慮することを要せず、当該海域の自然的社会経済的諸条件を考慮しつつその自由な裁量によつて決定し得る事項であるというべく、この理は沿岸漁民間の利害が対立しがちな共同漁業権の漁場相互間の区分においても異るところはないと解すべきである。
そうすると、知事が漁場区域の決定に当つて前記条件を看過したりその認定を誤つた事実があつたとしても、その際裁量権を濫用しまたはその限界を逸脱した事実のない限り、それだけでは知事の裁量の不当を意味するに止まり、その違法性を問う余地のないこともちろんである。
そこで本件を見ると、係争海域に対する旧専用漁業権はかつて原告組合自身これを享有したことがないのみならず、右権利は本件計画樹立の際にはいまだ存続していたが、その存続期間は前記施行法第一条により新法に基く漁業権免許のなされるに至る同法施行後二年間と限られ、結局新免許の本件九一共第九号漁業権の効力の発生前である昭和二六年九月一日には消滅していることは、前記当事者間争いのない事実により明らかであるから、前説示の理由により係争海域が右旧専用漁業権の漁場の一部であつたことを理由として右計画を違法であるとする原告主張は失当である。
ただ、原告主張のように、本件漁場計画において係争海域を原告組合の漁場とせずこれを訴外組合の漁場と定めた点が著しく原告訴外組合間の利益の均衡を欠き衡平の原則に反するものであるとすれば、右計画は前記の見地からいつても被告知事が右の裁量権の限界をゆ越した違法があることになるから、以下この点を判断しなければならない。
成立に争いのない甲第九号証、乙第一号証の二、証人坂下与太郎、船渡松太郎、菱川進、尾前千太郎、竹根仁太郎、吉田保造の各証言に前記当事者間争いのない事実を総合すると、旧種市村各部落では昭和二六年七月の本件漁場計画樹立以前において、新漁業法に基く共同漁業権の免許適格者として原告組合地区部落には原告組合、訴外組合地区部落には訴外組合が他の同村内各部落の漁業協同組合とともに設立されていたところ、被告知事は右種市地区の第一種共同漁業権の漁場計画を樹立するに当つて、前記のような組合の部落別編成に対応して、おおむね各組合が一箇ずつの共同漁業権を享有し得るよう同村地元水面をその組合数に一致する九一共第四号以下の数個の漁場に区分したこと、その際各漁場間の区分線は九戸地方事務所水産課、九戸郡海区漁業調整委員会等作成の資料により、各組合毎に組合員一世帯当りの平均総収入、漁業えの依存度等を比較検討したうえ、主として各組合地区の地先水面を各自の漁場とし、旧来の各専用漁業権の漁場区域に一致するよう決定されたが、本件第八、九号漁場間の区分については、従前の専用漁場の区域に従えば原告に免許された第八号漁場の一部たるべき係争海域が訴外組合に免許された第九号漁場の一部に編入されたことが認められる。
被告は、係争海域に関するかかる区分は専ら両組合の経済的条件の相違に基いて決定された旨主張するが、この点については当事者双方から提出されている各種の統計表はデータが不明または不確実であるため、その記載の数値自体をそのまゝ採用し得るものはないが、成立に争いのない甲第四号証の二、第五号証の一、乙第一号証の二を総合してこの点に関する大体の傾向を窺えば、本件係争海域を原告組合員らの漁場とし、これに訴外組合員が入漁していた従前の漁場関係のもとにおいて、両組合員の間には概略次のような経済条件の相違が認められる。すなわち、原告組合員の場合その総数一六〇名前後のうち一〇〇名以上の者が田畑合計一三〇町歩、同山林七〇四町歩を有して農業等を兼業し、これにより年間合計六〇〇万円程度の漁業外収入を挙げてきたが、他方その漁業収入は動力船によらず主として浅海漁業に頼つて合計一五〇万円程度の収入を挙げるだけであつたのに対し、総数五五名前後の訴外組合員はその一部の者が田畑合計二八町歩、同山林二八八町歩を有しこれにより合計一九〇万円程度の漁業外収入を挙げるに過ぎなかつたが、他方その漁業収入は動力船を持つ者が多い関係で原告組合員を凌いでおり、結局、訴外組合員は原告組合員に比し漁業への依存度は高いが、その一世帯当りの平均総所得において若干まさる傾向を示していたことが窺われる。そうすると、この事実に証人吉田保造、尾前千太郎の証言及び検証結果により認められる、係争海域は岩礁多く、あわび、うに、わかめ、こんぶ等を多産し、付近海域中での好漁場であることを考え合わせると、係争海域を九一共第九号漁場の一部として、これを原告組合の漁場とせず訴外組合の漁場としたことについては、いまだこれを首肯するに足る十分な理由を見出し難いけれども、以上の事実だけではいまだ係争海域を訴外組合漁場とした漁場区分が著しく原告訴外両組合間の利益の均衡を失し衡平の原則に反するものであるとは認められない。この点につき原告は係争海域は従来の原告組合員らの漁場全部の漁獲高の四割に達する漁獲があると主張するが、右主張にそう証人尾前、竹根等の証言は前記乙第一号証の二に徴したやすく採用し難いものである。そうすると他に本件漁場区域の決定が衡平の原則に反するものであることを肯認するに足る証拠はないから、前記の原告主張は採用しない。
三、次に原告は本件漁場計画はその関係地区として原告組合の地区である宿戸部落を加えるべきであるのに、これを加えなかつた違法があると主張するから、検討すると被告は右原告主張事実を争いながらこの点の立証をしないものであるところ、漁場計画上或る地域を当該漁場の関係地区として定めたか否かの立証責任はこれを関係地区として定めたことを主張する行政庁において負うものと解すべきであるから、被告知事は本件漁場計画において宿戸部落またはこれを含む旧種市村を関係地区として掲げなかつたものと認めるほかはないが、しかし以上の点は進んで右部落が実質上本件漁場計画上関係地区たるべき地域であるか否かの点を考究するまでもなく、右原告主張自体次に述べる理由により失当である。
すなわち、漁業法第一四条第六項及び第九項第一三条第一項第一号第一一条第一項によれば、共同漁業権につき免許の適格性を有する漁業協同組合(またはその連合会)は、当該漁場計画において右漁場の関係地区として定められた地域の全部または一部をその地区中に包含するものでなければならず、かかる漁業協同組合等でなければ右漁業権の免許を受け得ない定めとなつているから、本件のような共同漁業権の漁場計画上関係地区をいかに定めるかの点はただちに関係漁業協同組合の免許適格の有無に影響をもつ事項であること、漁業法上関係地区の意義は行政区画との関係等においてやや明確でないものがあるとはいえ、その決定は確認的作用の性質上自由裁量事項には属さないことなどに基いて考えると、知事が漁場計画を定めるに際してその関係地区の判定を誤り、右計画において実質上関係地区たるべき地域を関係地区として定めなかつたときは、前示の漁場区域決定の場合とは異り、その漁場計画は単に不当であるに止まらず、違法なものというべきである。
しかし、この場合、右免許適格者たる地位を害せられた漁業協同組合がこの点を主張して当該漁場計画の取消等を求め得るか否かは、その漁場計画に基く免許処分の前後により区別して考える必要があり、その免許前においては右の者は常にかかる訴の利益を有するが、すでに第三者に免許処分がなされた後においてはその免許が適格性を欠く者に対しなされる等漁業法第一三条所定の免許の許されない場合であることを主張するか、またはその組合地区が漁場の関係地区として定められるときは自己がその免許につき免許を受けた第三者より優先順位にあるため自らこれを受け得たことを主張する場合を除いては、もはや右計画の違法を理由としてその計画またはこれに基く免許処分の取消を求める訴の利益はないものと解するのが相当である。けだし、漁業権の免許はその性質上人民に新たな権利を賦与する行為であるから、優先順位を同じくする者の間においてこれを何人に与えるかは原則として権限ある行政庁の自由裁量事項に属するからである。
そうすると、本件九一共第九号第一種共同漁業権の漁場計画はすでにこれに基き本件免許処分がなされている場合であることは原告の自認するところであり、かつ原告が、訴外組合の免許を許されないものであることまたは原告より免許の優先順位においておくれるものであることを主張する者でないことは弁論の全趣旨により明白であるから、結局は原告の右主張は失当として採用できないものである。
よつて原告の主張はすべて理由がないから、その請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 須藤貢 中平健吉 山下進)